【巻頭言】エネルギーにおける経済安全保障(衆議員議員 甘利明)

 2月24日、突如ロシアがウクライナに武力侵攻してからひと月以上が経ち、事態は長期化しています。プーチン大統領のNATO恐怖症と冷酷な覇権的権力志向が絡み合い、ウクライナ国民を無差別に虐殺するジェノサイドの様を呈してきました。この惨状を一刻も早く止め、プーチン大統領を国際社会から追放するために各国は連携して経済制裁を行っていますが、マインドコントロールで実態を認識できていないロシア国民も自身の名誉をかけて常軌を逸した指導者を権力の座から外す決断を迫られています。今後新たなプーチンを生み出さないために、この戦争を成功体験に決してしてはなりません。

 この侵略戦争を通じて、今国会に提出をされている経済安全保障推進法の必要性が現実問題として認識されたことは、なんとも虚しい気がいたします。この法案の4本の柱の一つは重要物資のサプライチェーンの確保であり、二本目の柱は基幹インフラの安全性の確保です。成立後、政令で指定される重要物資の一つにエネルギー資源があり、電力は基幹インフラの一つです。

 侵略の影響を受けて石油石炭や天然ガスが暴騰しています。特に天然ガスや石炭が電力の重要な一次エネルギー源であり、欧州は天然ガスの4割を、日本は9%近くをロシアに依存しています。国際銀行間の決済枠組みから外すというSWIFTからの除外もエネルギー決済を扱う銀行は例外措置となっていることに、エネルギー安全保障上の脆弱性が露呈されました。不幸にも地震の影響で火力発電所が6基止まり、想定外の寒波の中で太陽光発電が機能しないという状況は、ほんの少しでブラックアウトになる日本の現状を多くの国民が実感しました。欧州で言えば安定的なはずの偏西風が30 年来初めて吹かなくなり、風力発電が機能不全を起こしたところから、ベースロード電源としての新エネルギーに疑問符が付き始めました。

 エネルギー基本法はS+3Eが基本理念で安全性を前提として安定供給を計る、その際に経済合理性と環境保全に配慮するというものです。電力は安定供給が至上命題です。自然条件により発電量が乱高下する風力や太陽光をベースロード電源とするためにはその乱高下を瞬時にカバーして定格出力とし、安定的電源とするためのバックアップ電源としての火力が必須ですが、新エネのベースロード率を上げれば上げるほど、バックアップの発電量を大きくしなければならないという矛盾と直面します。COフリーのバッテリーでカバーしようとすれば、天文学的な額の設備投資が必要になります。そこで新エネ発電によるフラクチュエ―ション(乱高下)の幅を小さくするためにベースロードとなる一定の幅をCOフリー電源でカバーする安定出力電源が不可欠な存在となります。それこそがまさに原子力発電です。

 2030年に温暖化ガスを2013年比で46%減らす目標の為に、電源構成はその20%~22%を原子力が担うと明記されています。現状は36基中10基だけが稼働し、3.9%を担っているに過ぎません。2030年に原子力電源比率20~22%を達成するためにはあと8年で残り20基程度を再稼働させることが大前提ですが、相当楽観的なシナリオでも不可能です。IAEA(国際原子力機関)が提示する安全基準を大幅に超えた日本の規制委員会の基準がありますが、その中でも世界中どの国も組み入れていない基準はアメリカの同時多発テロにならい、ハイジャックされた旅客機が原発に突っ込んでも大丈夫なようにするという上乗せ規制です。格納施設を分厚いコンクリートで防御し、かつオペレーションセンターが機能しなくなった場合に備え、格納施設から100メートル離れた地下に緊急時制御室を作り冷却水の注水設備、電源設備等を作る前代未聞の工事も運転の要件になっています。さらにロシアのミサイルによるウクライナ原発周辺施設の火災を見て、次はミサイルに耐えられるようにせよとの要請が立憲民主党からありました。そのうち核弾頭にも耐える施設にせよと言われかねません。

 国際原子力機関が冷静に判断をし、世界標準として安全基準を示し、それを十二分にクリアするというのが世界一厳しい日本基準であっていいと思います。エネルギー供給の自給率が落ちているのは原子力発電所が再稼働しないことの反映ですが、同じ自給率でも太陽光や風力はその出力の山谷を埋めて、定格出力にしなければ使い物にならないということを銘記すべきです。

 エネルギー安全保障とは安定供給が断絶することによって国が亡びるという事を意味します。電力の安定供給に関してマスコミが誤解しているというより、積極的に誤解を解こうとしない点が2点あります。一つはキロワット(kW)とキロワットアワー(kWh)の違い。もう1点は同時同量の大原則です。「10万kWの太陽光発電10基は100万kWの原子力発電1基に相当します」。この大間違いはエネルギー関係者なら誰でもわかることです。キロワット(kW)は出力ですが、その出力が1日のうちどのくらい続くか、キロワット(kW)×稼働時間=キロワットアワー(kWh)が比較すべき単位です。太陽光は1日のうち12%しか稼働率がありませんが、原発は24 時間定格出力を出し続けます。つまり同じキロワット出力なら発電量能力は原発は太陽光の8倍ということになります。

 2点目は、電力は作る量と使う量は常に一致していなければ周波数変動を起こし、地域全体の電源が落ちてしまう。いわゆるブラックアウトに陥るという点です。エネルギー関係者なら誰でも知っているこの常識は一般には意外と伝わっていません。その2つを満たすために関係者がどれだけ運転に緊張を強いられているかは理解の及ばないところです。天気により変動する電力を安定的な定格出力にしていくために大変な努力とコストが要ることは意外と知られていません。福岡県豊前市で九州電力がNAS電池を使った大規模な蓄電施設を作っています。5万kWの出力を6時間維持できる能力です。5万kW×6時間=30万kWhの蓄電池です。この建設費は300億円と言われています。日本に1年間必要な電気の総量は1兆kWhですからこれを乱高下する新エネで全て供給しようとすればそのバックアップ電源としての蓄電施設の設備費用は天文学的な数字になります。

 ロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁措置は制裁する側のエネルギー自給率の低さとロシア依存度の高さから当初は同調できる国だけの自主的措置でありました。しかしロシアが絶対に越えてはならない一線を越えてしまった。つまり戦闘員ではない無抵抗の一般市民を大量に惨殺するという行為(ジェノサイド)に及んでしまったため、制裁当事国側はたとえ返り血を浴びようとも決断をする方向に動いています。(4月8日現在)

 日本の電源構成は原発事故の影響を受け原発の構成比率は世界最小の3.9%です。それをカバーすべく天然ガスが39%、石炭が31%と化石燃料依存度が先進国中世界最大になっています。天然ガスはその9%、石炭はその11%をロシアからの輸入に依存しています。つまり電源構成全体の6.92%をロシアの天然ガスと石炭に依存しています。日本の電力供給力の予備率は3%ですからロシアからの天然ガスと石炭の供給が止まれば備蓄を使い果たした時点で輪番停電が日常になります。ロシアからの輸入を他国に振り替える、といっても世界中が同じ状態にある中で7%分をロシア以外から調達することは不可能です。しかし日本には17基の再稼働待ちや審査待ち、9基の審査未申請の原発があります。安全審査を速やかに実行し、安全が確認された原発は一刻も早く再稼働をさせるということが命綱になりそうです。

 原子力と真正面から向き合えるか。政権の冷静な判断と胆力が試されます。

甘利 明
衆議院議員(当選13 回)
1949 年神奈川県厚木市生れ。慶應義塾大学法学部卒業後、ソニー( 株) 入社。
衆議院議員秘書を経て83 年衆議院初当選。通商産業政務次官、労働大臣、経済産業大臣、内閣府特命担当大臣(規制改革)、行政改革担当大臣、公務員制度改革担当大臣、経済再生担当大臣、内閣府特命大臣( 経済財政政策)、社会保障・税一体改革担当大臣、衆議院予算委員長、自民党政務調査会長、選挙対策委員長、幹事長などを歴任。現在、自民党経済安全保障対策本部座長。

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