地域発展の起爆剤-高レベル放射性廃棄物の最終処分場 第5回 社会への定着に向けて(5)海外事例に学ぶ(1)

高レベル放射性廃棄物問題は、「裏庭はいや-NIMBY」という人々の気持ちを背景にしていることは論を待ちません。 処分地の受け入れを検討する地域社会における人々の気持ちと地域の繁栄への道筋をともに考えることが最終処分計画では求められます。欧州や北米諸国は、1990 年代に相次いで地層処分技術にめどをつけて最終処分地の選定段階に入りましたが、NIMBY の中で大きな政治的・社会的な混乱を経験し立ち往生に見舞われました。しかし、21 世紀に入ると急速に最終処分計画が進展している国々が増えてきました。日本では、NIMBY要因の一つである技術的な誤解もあって最終処分計画が進展しないのですが、読者の皆さまにこれから二回に分けて、社会的な困難を乗り越えてきたあるいは困難から抜け出せない欧州や北米諸国の状況を解説することにします。

世界における50年にわたる地層処分技術の開発

原子力発電を始めた時から高レベル放射性廃棄物の処分が必要であるとわかっていたのに、急に「処分地が必要だ」、「自分事として考えて欲しい」などと言われることに戸惑いを感ずるとの声があります。日本では、今から40年ほど前の1976年から地層処分研究が始められましたが、世界では第1図のように1957 年に米国において高レベル放射性廃棄物を岩塩層に処分することが望ましいとする報告書が公表されています。欧州では1980年代にスウェーデンやスイスで地層処分概念が相次いで公表されました。両国はその後、地層処分技術の開発が本格的に進められる一方で、処分地選定は地域社会の支持が得られず進展しませんでした。日本では、1999年末に第2次取りまとめが公表され、2000 年に実施主体、処分費用、処分地選定の手順などを定めた「最終処分法」が制定されました。多くの人々はその頃から「処分地が必要なんだ」との声が聞こえだしたと思います。実は、幌延、六ヶ所、東海、瑞浪における高レベル放射性廃棄物処分に関わる施設がある地域では、施設の建設計画において自治体、議会、地域社会で重大な関心を呼んでいました。しかし、国会など国政レベルにおける政治的な関心や全国メディアの注目をほとんど引くこともなく、その関心は国民レベルには届いていなかったのです。

第1図 世界における地層処分技術の開発

第2図 二つのタイプに大別される世界の地層処分技術

世界の地層処分技術は、第2図のように大別して地下水の存在しない環境を利用するものと地下水が存在する環境を利用するものに分けられます。地下水が存在しない地質環境の代表として岩塩層があげられます。また、堆積岩や結晶質岩など多くの地層は、人類が井戸水などで地下水脈を利用しているように地表面からそれほど深くない場所でも帯水層と呼ばれ地下水が飽和している場所が多くあります。スウェーデン、スイス、日本など多くの国の地層処分概念は、帯水層を積極的に利用しようとしていま す。 世界で最初の地層処分概念は、先に述べたように1950 年代に米国で提言された岩塩層の中への処分方法でした。岩塩層は、地下水が存在しないうえ、廃棄物を収納した当初の空洞が自然にふさがれるなど放射性廃棄物を隔離するうえで有望な性質を備えた地質環境と考えられました。米国原子力委員会(現米国エネルギー省)は、1970年にカンザス州の岩塩層を最終処分場とすることを公表しましたが、州政府等の反対で計画を撤回することになりました。一方、同じく米国原子力委員会の計画としてニューメキシコ州の岩塩層を利用した世界で最初の地層処分場である「廃棄物隔離パイロットプラント(WIPP)」が、軍事利用の過程で発生する超ウラン元素を含む廃棄物を埋設する世界初の地層処分場として操業しています。両計画とも、いずれもトップダウン型の計画でしたが明暗が分かれました。地域社会の信頼が篤いニューメキシコ大学がWIPP計画のレビューや地域社会に情報を提供するなど大きな役割を果たしているとされています。やはり、岩塩層が存在するドイツでは、旧東ドイツの国境付近のニーダーザクセン州ゴアレーベンにおいて欧州で最も早く1970年代に最終処分候補地として地下調査施設(日本における「精密調査地」における調査施設に相当が建設され地質環境や工学的な調査が実施されてきました。しかし、政府の脱原子力の影響を受けて2000年に調査が凍結され、さらに、世論を背景にして2013 年に地域社会の参画のもとで最終処分地の選定をするなど新たな制度が導入されることになりゴアレーベンにおける調査が中断されました。 帯水層における最終処分技術は、第2図のように日本を初めとして世界の多くの国で採用されています。特に、スウェーデン、スイス、フランスおよびカナダは、早くから深地層研究施設(精密調査地における地下調査施設とは異なり、日本の幌延、瑞浪の施設のように研究を目的とした施設)を整備して研究開発に力を入れてきました。スウェーデンは、最終処分実施主体であるSKB 社が1983 年に開発したKBS-3 と呼ばれる地層処分概念に基づく処分場をエストハンメル自治体のフォルスマルクに建設することを決定しています。隣国のフィンランドはスウェーデンのKBS-3概念を導入しています が、エウラヨキ自治体のオルキルオト島で処分場の建設に着手しています。フランスは、パリ東方300キロにあるムーズ県・オート=マルヌ県の堆積岩に候補地を決定しています。また、カナダは、2010年に公募方式に基づく処分地選定を始め、2017年12月現在、五大湖の北側に位置するオンタリオ州の5地域に絞って概要調査が実施されています。しかし、これらの国々は、20世紀の終わり頃までに処分地の選定が立ち往生する大きな政治的・社会的な困難を経験しました。その困難を乗り越えた要因については、この連載の「社会への定着に向けて(3)処分地選定に向けたこれからの道のり-対話を通した参加と信頼」で述べたとおりです。困難の乗り越え方は、各国で異なりますので、それぞれの状況については次回に述べることにしますが、今回は各国の最終処分政策に指針を与えてきた国際機関の活躍について解説します。

国際機関が果たした大きな役割

パリに本部を置く経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)、ブリュッセルに本部を置く欧州委員会(EC)、さらには国際原子力機関(IAEA)の活動には、日本からも多くの専門家が貢献してきました。これらの国際機関は、各国、特に最終処分問題で先進する欧州諸国に歩調を合わせて多くの提言をしています。 「原子力発電により発生する放射性廃棄物の管理の目標・概念・戦略」報告書(OECD/NEA,1977)は、岩塩層だけでなく堆積岩や結晶質岩も地層処分に適した地質環境となりうること、処分の安全性は工学的な対策を含む多重バリアシステムで確保されるなど、今日の高レベル放射性廃棄物の最終処分技術の骨格を与える包括的な内容となっています。 「放射性廃棄物の処分:原則の概観」 (OECD/NEA, 1982)は、放射性廃棄物処分の目標は人間の健康および環境を保護し、同時に将来世代への負担を最小限にする方法で放射性廃棄物を管理することとしています。それは2003 年に日本が批准した「放射性廃棄物等安全条約」の第1条(目的)でも明示されている最終処分の基本理念となっています。最終処分の勉強会において、最終処分の目的を聞かれることがあります。2000 年に制定された最終処分法は、その目的を「発電に関する原子力に関わる環境の整備をはかる」としています。今後の原子力発電政策の如何を問わず避けて通れない高レベル放射性廃棄物の最終処分の基本的な政策を定めている最終処分法において、放射性廃棄物等安全条約に定める国際的な理念を制度として明確にしておく方が地層処分について社会の支持を得られやすいのではないかと思われます。

高レベル放射性廃棄物問題は技術から社会的な側面に

「長寿命放射性廃棄物の地層処分の環境・倫理的側面-専門的な集約意見」(OECD/NEA,1995)は、環境保護や倫理的な側面から長期貯蔵か最終処分を選択するのかを論じています。この報告書は、世代内および世代間の公平の視点から高レベル放射性廃棄物問題を捉えています。そして、不明確な将来に対して安定した社会構造や技術の進展を前提としてはならないとし、最終処分技術として地層処分を選択することを提言してい ます。 この報告書では、処分地選定段階では国レベルの専門家、地層処分を熟知した規制当局、処分地選定に貢献しようとする地域社会、地層処分に関心を持つ団体などが参加して問題解決にあたる必要があることを指摘するなど社会的な側面に多くの字数を割いています。 日本の最終処分問題の社会的な側面を考える際のバイブル的な役割を持ち最終処分法の骨格となる提言「高レベル放射性廃棄物処分に向けての基本的考え方」(原子力委員会高レベル放射性廃棄物処分懇談会、1998)は、「世代間および地域間の公平と公正を図るべき問題は、技術的な議論だけで解決できる問題ではなく、国民各層の間で広範な議論が行われ、国民の間の合意形成が求められるべき重要な問題である」(一部筆者が編集)と国際的な議論と同様な提言をしています。最終処分法では、地域の同意に基づいて段階を踏んで処分地選定をすることを定めた規定がありますが、社会の意思決定を支援する仕組みまでは示 されていません。政府は、最終処分基本方針やそれに続く科学的特性マップの自治体や国民への提示を機に、対話活動に踏み出そうとしていますが、社会の意思決定を支援する仕組み造りの第一 歩となることが期待されます。

高レベル放射性廃棄物問題はガバナンス問題と気づく

本連載第3回で取り上げたようにEU諸国では、TRUSTNETと名付けられた欧州委員会の国際共同研究に1997年から取り組みました。TRUSTNETは、人間や環境に対する危険やリスクを伴う事業活動を、政府が公共政策として目標の達成に向けてどのように社会の舵取りをするべきか-いわゆる、「リスク・ガバナンス」を命題としています。具体的には従来から行われてきたトップダウン型の社会意思決定の方法では解決が困難であると認識されている牛海綿状脳症(BSE)問題に関連した食料・農業政策、地域開発と環境保護の衝突、エネルギー政策などを事例としています。意思決定に困難を伴う公共的な事業は、国民や関連する地域社会の参画のもとに実現する必要があり、「何を決定するべきか?」ではなく「どのような決定方法を採るべきか?」が問われているとしています。政策や事業が国民や地域社会に信頼される進め方であるかが問われるというものでした。この問題解決手法は、多くのトランス・サイエンス領域にある科学技術問題の解決にも重要な示唆を与えています。TRUSTNET の成果は、暗礁に乗り上げていた最終処分計画に応用することになりました。リスク・ガバナンス研究は、今日、社会心理学や行動経済学で発展をしており、その成果は、節電、生活習慣病の予防など私たちの日常生活に取り入れられていると言います。最終処分政策には、処分が実現するまでに長い時間を要するために将来の社会の変化にも耐えられる、段階的な意思決定を積み上げていくプロセスをどのように達成するのかも重要な課題であるとしています。このような高レベル放射性廃棄物の処分地選定における問題解決の鍵を握るリスク・ガバナンスに正面から取り組んだ、20世紀末から21世紀初頭における欧州委員会の動きは、「放射性廃棄物管理に関する社会的な要件の学習および適応」(OECD/NEA, 2004)、「長期的な放射性廃棄物管理に関する意思決定の段階的なアプローチ」(OECD/NEA, 2004)などに反映されています。IAEA やOECD/NEA では現在も継続的に最終処分政策について政策提言文書が取りまとめられ 各国の最終処分政策に大きな影響を与えています。 次回は、連載第6回 社会への定着に向けて(6)海外事例に学ぶ(2)として最終処分の先進諸国の状況を紹介することにします。

第3図 継続的に発行されているOECD/NEA の政策提言文書

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