【快刀乱麻】エネルギー安全保障を万全に

末永  洋一 

元青森大学学長 原子力産業と地域・産業振興を考える会会長

【写真】日本原燃再処理工場。操業が待たれる核燃料サイクル事業の要(青森県六ヶ所村)

 

◆「シーレーン」とハンバントータ

 もともと南アジア史を専攻していた私が、原子力・エネルギー問題を語ること自体、誠におこがましい限りだが、素人でもこの程度のことは考えているのだと思って読んでいただければ有難い。そんなわけで、「鈍(なま)ら刀」を振るうため、まずは南アジアの話から始めたい。

 

 今から4年ほど前、それまでも何度か訪れたスリランカに10年ぶりで訪れた。同国では、中国からの借款による港湾・高速道路などの大規模開発が進行中で、シンハラ語、英語、中国語で書かれた看板が至るところに立っていた。もっとも、同国はすでに債務不履行に陥っており、南部のハンバントータ港は中国の「99カ年租借地」、すなわち事実上の植民地となっていた。

 

 我々の世代は、半世紀前に起こった「石油危機(オイルショック)」をよく知っている。中東から石油が入ってこなくなること(「油断」)など起こりえないという思い込み(「油断」)が、わが国を大混乱に陥れたのである。スリランカ・ハンバントータ港は、わが国が中東から天然ガス・原油を輸送する極めて重要な「シーレーン」上にある。

 

 事一旦起これば、わが国の「シーレーン」は中国の完全な支配下に置かれる可能性が極めて高い。船舶が一隻も停泊しておらず、鉄条網に囲まれた港を眺めながら、半世紀前の混乱と今後起こり得るかも知れない原油・天然ガスの途絶を思いつつ、わが国のエネルギー問題をしばし考えて込んでしまった。

 

◆「ウクライナ危機」とエネルギー

 この原稿を書いている3月末、世界は悲惨な状況を目の当たりにしている。ロシア・プーチン大統領が隣国のウクライナを属国化しようと侵略を開始した。軍事的には劣勢なウクライナが、侵略者から祖国を守ろうとする強い決意の下、一丸となって懸命に戦っている姿には敬意とともに感動も覚える。ロシア軍の無差別的な攻撃で、軍事施設のみならず病院、学校、保育所、商店、住宅までもが破壊され、子どもを含む多くのウクライナ国民が犠牲になり、ロシア軍の殺戮から逃れるようと多くの人々が国外に逃れている。こうした映像を見る度に、ウクライナ国民の安全と無事を祈るとともに、プーチンへの憤りと怒りが日々増幅させられる。

 

 世界から孤立し、自国民すら苦境に追いやることを意に介さない、だが核兵器を持っている独裁者が存在していることが、こうした悲惨な状況を生み出してしまったのであり、私たちがこうした事態を「他人事」とではなく、「我が事」として考えることがいかに重要であるかを示していよう。わが国の周辺には、核兵器を持った傲慢な独裁者が統治している国が厳として存在しており、国防・安全保障はいかにあるべきか、私たちは、現実を直視し、真剣に考え、準備しなければならない。

 

 今回のロシアのウクライナ侵略に対し、欧州連合(EU)諸国、英、米、日本などは、対ロ経済制裁を強めているが、当初は「煮え切らない」態度であったのは確かだ。その最大の理由は、特にEU諸国が原油や天然ガスをロシアに依存しているためである。プーチンもこのことを知っており、EUやNATOが強い制裁を行わないだろうと「高を括って」いたように思える。

 

 ウクライナの悲劇とプーチンの野望・暴挙を見せつけられ、EU諸国もようやく、エネルギーの「ロシア依存」からの脱却を図る努力を行っているが、当初の「弱腰」は、エネルギー安全保障が確立していないことに起因することは明らかだ。私たちは、「ウクライナ危機」に直面し、国の安全保障はもちろん、エネルギー安全保障の確立の努力をしなければならないだろう。

 

◆エネルギー政策は産業経済政策

 周知の通り、わが国のエネルギー政策は「S+3E」、すなわち、「S」=安全性を前提に、3つの「E」、エネルギーを安定して供給し(安定性)、コストを可能な限り安価にする(経済性)、地球温暖化防止のために温室効果ガス排出量を削減する(環境問題)を達成することを基本としている。私も基本的には正しいとは思うが、以下のような問題もあると考える。

 

①「S」を極端に追及し、「ゼロリスク」を追い求めようとすることへの危惧、②エネルギーの安定供給には、エネルギーの確保が前提であり、エネルギー安全保障こそが重要であること、③温室効果ガス排出量を削減することは重要であるが、産業の発展、国民生活向上にダメージを与えてはならないこと、すなわち、エネルギー政策は「環境政策」ではなく、「産業経済政策」として実行されるべきであることなどである。

 

 昨年10月、「(第六次)エネルギー基本計画」が閣議決定された。温暖化防止対策が重要な課題となり、2030年度に温室効果ガス排出量を13年度比で46%削減し、2050年には「カーボンニュートラル」を達成する目標を掲げた極めて野心的な計画となった。責任ある先進国の一つとして、この目標を達成するために官民挙げて努力していくことが肝要だろう。

 

 その場合、多様なエネルギー資源をいかに活用していくか、「エネルギーミックス」の在り方が重要で、エネルギーが特定のものに偏ることは避けるべきなのは言うまでもない。エネルギーは、その国の産業・経済の発展と国民生活の向上を支える重要なインフラであり、エネルギー政策は、産業・経済政策であるべきだ。

 

 そうした点からすれば、今回の計画は、産業・経済の側面よりも、温室効果ガス削減=「環境保全」の側面が強く打ち出されたものとしか思えない。そのことが端的に現れているのが、再生可能エネルギー(再エネ)の「主力電源化」だ。再エネのような自然任せの電源が「主力」になることが極めて危険であることは、後述の通り、再エネ「先進国」・ドイツの事例をとっても明らかである。

 

 また、温室効果ガスを多く排出するとして、石炭火力を排除しようとする政策にも納得いかない。わが国の石炭火力は、様々な技術を開発・駆使することで温室効果ガス排出量を大きく削減することに成功しており、二酸化炭素を再利用する技術も開発されている。石炭は他に比べ安価であり、今後も石炭火力を使用する途上国も多いのが現実である。そうした時、アジアの先進国であるわが国は、石炭火力の「脱炭素化」技術などを普及させる責務もある。「脱炭素」、「脱石炭」は世界的規模で実行していくことが求められるのだ。

 

 昨年の「COP26」では、石炭火力は、「フェードアウト」ではなく、「フェードダウン」とされたことは正しい選択だ。「石炭全廃」、「すべてのエネルギーは自然エネルギーで」などと叫ぶ「環境至上主義者」は、途上国の人々が豊かを求めることを無視する傲慢な態度でしかない。

 

◆原子力規制の問題点

 安全性の極端な追及=「ゼロリスク」追求は、原子力規制委員会の原子力発電所や再処理工場などの核燃料施設の「安全審査」にも垣間見られる。「安全審査」では、「断層」問題に極めて長時間をかけており、法的制度的な裏付けもない「有識者会議」なるものが提出した、「断層の活動性は否定できない」などとする「報告書」を「金科玉条」のごとくに扱い、他の研究者・専門家の見解には耳を貸さず、事業者には、「活動性がないことを証明せよ」と、「ないものをない」と証明させる「悪魔の証明」を求めている。

 

 規制委のなすべきことは、個々の原子力施設について、安全性に懸念がある箇所を具体的に指摘し、事業者に補修や追加工事をやらせることであり、これが、規制の「一丁目一番地」であることは言うまでもない。豊田正和氏が指摘するように、「リスクを許容できる範囲」を示し、安全性の確保と原子力施設の稼働率向上の両立を図る「規制の最適化」が強く求められているのは言うまでもない(本誌Vol.2 -4参照)。

 

◆「資源小国」日本のエネルギー安全保障

【写真】電源開発大間原子力発電所(青森県大間町)。本格的工事再開が待たれるフルMOX 燃料の発電所

 

 エネルギーの安定供給のためには、エネルギーの安定的確保=安全保障こそが重要である。前述の通り、半世紀前に世界と日本にパニックを及ぼした「石油危機」、プーチンの傲慢な態度とEUの「弱腰」は、典型的にはドイツにみられたように、原子力発電を縮小し、再エネの主力電源化とともにロシアの天然ガスへの依存度を高めた結果でもある。

 

 わが国は「石油危機」以降、エネルギーの輸入先を多角化するとともに、原子力を活用することで、エネルギーの安定的な確保と自給率の向上を目指してきた。エネルギー安全保障こそが、安定供給やコストの安定(経済性)を保証するからである。輸入先をさらに多角化し、信頼できる国・地域からの輸入にシフトさせることも重要だ。

 

 自給率向上のためには再エネの活用も必要であろう。しかし、風力発電は「風任せ」、太陽光発電は「お日様任せ」であり、こうした発電施設を過大評価するのは厳に慎むべきだ。昨年来、ドイツ、スペイン、イギリスなどで、原油や天然ガスなどの化石燃料価格が高騰したが、その理由の一つは、北海やバルト海の風が弱く、風力発電量が大きく減少した結果、火力発電に頼らざるを得なくなったことにあった。

 

 直近では、東京電力管内に「電力需給逼迫警報」が出されたのも、悪天候で太陽光発電が機能しなかったことに一因がある。この時、関西電力は稼働中の大飯原発3号機を104%稼働して電力を融通した。こうした中、ウランという少量でも膨大な電力を発電できる原子力発電所を活用していくことはますます重要となっている。ウラン資源を供給する国は政治的には比較的安定した国でもある。もちろん、ウランも有限な資源であり、これを有効に使用するための核燃料サイクル事業も重要であることは言をまたない。

 

 ロシアのウクライナ侵略という極めて不条理な事実が、国と国民を守る安全保障とエネルギー安全保障の重要性を改めて明らかにした。欧州委員会(EC)は、エネルギーの中で重点的な投資を歓迎する「タクソノミー」に原子力発電を加えることを提案している。フランスのマクロン大統領も、30年までには6基、50年までにさらに8基の原発を建設するとした「原子力ルネサンス」を発表した。イギリスも原子力利用と投資に本腰を入れつつある。わが国でも、エネルギーの安定供給、コスト安定、温室効果ガス排出量削減に向け、既設原子力発電所の早期再稼働とともに新増設を求める意見が急速に高まっている。残念ながら、規制委の審査が原子力発電の再稼働を遅らせているし、「(第六次)エネルギー基本計画」では原子力発電の新増設を明記していない。

 

 今こそ、わが国の発展と国民生活の向上のためにも、エネルギー安全保障を軸とした「エネルギーミックス」を推進すべきであり、「資源小国」日本は、原子力発電の活用と核燃料の有効活用を目指す再処理事業を確実に推進すべきなのである。

 

 私の居住する青森県にはエネルギー安全保障の一端を担う原子力発電所や核燃料サイクル施設が立地している。わが国のエネルギー安全保障の確立のためにも、これらの施設の一刻も早い操業・運転が求められているのは言うまでもない。

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