第32号 電力不足対策に立ちはだかる原子力規制委員会

2022年7月11日(月)

1. 岸田総理による節電ポイント
岸田文雄首相は6月21日、首相官邸で物価・賃金・生活総合対策本部の初会合を開き、「効率化に応じて幅広く利用できるポイントの付与や、事業者の節電分を買い取る制度で実質的に電気代負担を軽減する」と述べた1)。電力会社の要請に応じて電力消費を減らし、対価を受け取るサービスは「デマンドレスポンス(DR)」と呼ばれており、東京電力の「夏の節電チャレンジ2022」、東北電力の「省エネチャレンジキャンペーン」、関電「はぴeポイント」などがそれに該当する。例えば、電力不足が予想される場合に前もって協力を要請し、家庭の節電量に応じてポイントをつける。1キロワット時を節電した場合、東京電力は5円相当を、中部電力は10円相当を付与するという。 これが、大国日本のエネルギー安全保障を司る政府の姿なのか!経済が落ち込み、物価高騰等、全てエネルギーに関連しており、とりわけ安定で安価な電気の確保は国家安定の鍵である。節電より、電力の安定確保が足下の仕事ではないのか。それを無作為にも「節電したらポイントを上げる」とは、愚策にも程がある。 熱中症による死亡者数は年々増加傾向にあり、令和2年の死亡者数は1523人、65歳以上の高齢者は1316人で86.1%を占めている2)。猛暑が予想される今夏、クーラーを我慢し数十ポイントを付与される代わりに、熱中症で高齢者が亡くなられることを危惧する。想像したくはないが、これが節電ポイントの姿である。否、スマホやパソコンソフトの使用が苦手な殆どの高齢者にメリットはない。日本政府は、カーボンニュートラル政策として電気自動車の普及支援を進めており、これとは逆行する節電対策をマッチポンプと呼ぶ。

2. 再エネと電気代の高騰
そもそもこれまで高くなった電気代の根本原因は何なのか?簡単に言ってしまえば、政府のエネルギー安全保障が無策であった結果として、需要と供給バランスが崩れているからである。その一因が、2012年の民主党菅直人政権が打ち出した再エネ普及にさかのぼる。再エネを増やすためEUに倣い、電力が再エネを固定価格で買い取るため、利用者への負担を強いる「再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)」なるものの制度化である。再エネ賦課金は2012年度0.22円/kWhであったが、2022年度3.45円/kWhまで跳ね上がった。中小企業での負担は、再エネ賦課金がスタートした2012年には平均で1,100円/月が、2021年には16,800円/月と重い負担がのしかかっている。日本における再エネの買取費用額は2020年度は3兆円を超え、2030年度には3.7~4兆円に達するとしている4)。kWh当りの電気料金は電力会社により異なるが、2022年度3.45円/kWhは、家庭の1か月当たりの電力料金の10%を超える数字である。再エネは原子力よりも安価になったとマスコミは書き立てるが、再エネ賦課金を止めろとは言わない。節電ポイントより再エネ賦課金を止めることで、電気料金は大幅な値下げとなる。政府には是非、実施して頂きたい。 日本の電気使用量のうち家庭で使われるのは30%、 残り70%は産業(工場など)と業務(オフィスビルなど)で使用されており、なかでも電気を沢山必要とする製造業は、産業部門の約8割を占めている。石油ショックの起きた1972年以来、企業は省エネに取り組み、乾いた雑巾を絞るくらい節電対策をしてきた。これ以上何をすれば良いのか?電気を多く消費する産業は、火力発電で安価な電気を供給できる中国へ行け!ということか。

3. 経産省の電力不足対策
経済産業省資源エネルギー庁は5月27日、「2022年度の電力需給見通しと対策について」を公表した3)。これによると今夏の電力需給は10年に1度の猛暑を想定した場合にも、全てのエリアで安定供給に最低限必要な予備率3%は確保できるものの、7月は東北電力、東京電力、中部電力の3エリアの管内の予備率は3.1%と2017年度以降で最も厳しい見通しである。4月時点の見通しでは5.0%だった北陸、関西、中国、四国、九州の5エリアの予備率は3.8%まで低下した。また、2022年度の冬季の電力需給見通しは、東京電力管内で予備率が1月-0.6%、2月-0.5%となっているほか、中部、北陸、関西、中国、四国、九州の6電力管内で1月1.3%、2月2.8%と、7エリアで安定供給に最低限必要な電力を確保できていない状況にあり、特に、東京電力管内では、約200万kWの供給力が不足している。そのため、電力の供給対策として以下の4つを挙げている。 ①電源募集(kW公募)の拡充による休止火力の稼働、災害等に備えた予備電源の確保 ②追加的な燃料調達募集(kWh公募)の拡充による燃料在庫水準の引き上げ ③設備保全の徹底による再エネ電源の最大限の稼働の担保 ④地元の理解を前提に、安全性の確保された原子力の最大限の活用 これが可能であればそもそも電力不足は発生しないのである。 ①、②に関しては、老朽化し停止していた火力発電所は、何時トラブルで停止するか分からない。また、カーボンニュートラル、ロシアのウクライナ侵略の影響で電気代は増々高騰し、経済の衰退、物価の高騰に拍車をかける。③は、再エネの送電線に流せる電力量には上限があり、これを超過して電源を接続した場合には停電の原因となるため、「系統容量による出力制御」が必要となる。また、変動電源である再エネは、天気次第の使い勝手の悪い、低品質の電源である。従って、電力不足対策には、④が最も効果的である、に帰結する。 6月21日、日本記者クラブ主催の参院選に向けた各党の討論会で、岸田文雄総裁は原子力発電について「日本の条件を考えると一つのエネルギーに頼るわけにはいかない。様々なエネルギーをミックスする形で将来を考えていく。(原子力は)その重要な要素の一つだ」との認識を示した。また、他の閣僚も異口同音に「安全の確認された原発は、地元了解が得られれば稼働させたい」旨の発言をしている。逆に、再稼働を待っている立地地域が殆どであるが、安全が確認されていても再稼働させない原子力規制委員会がこれを拒んでいる。

4. 原子炉再稼働に立ちはだかる原子力規制委員会
原子力規制庁は「安全のお墨付きはしない」とし、11年間で僅か10基しか稼働させていない。原子力規制委員会は、審査の効率性、バックフィットルールの曖昧さ、運転期間40年問題、安全目標(リスク情報の活用)を設定しない等、多くの課題を有しているが、電力予備率が逼迫している今、原子炉の再稼働の判断に大きな影響を与えているのが、特定重大事故等対処施設(特重問題)である。 電力逼迫の折、原子力規制委員会は、特重施設の経過措置期間までに完成しなければ、稼働中の原子炉を停止するとしている。これまで運転の許可された10基の運転状況であるが、稼働中は、大飯3号、高浜3,4号、伊方3号、川内1,2号の6基に過ぎない。このうち大飯3号は8月に猶予期限を迎え停止することになる。大飯4号、美浜3号、玄海3、4号は定検中としているが、実は、特重施設の経過措置期間を過ぎても特重施設が完成していないため、運転ができないでいる(美浜3号は特重施設が完成間近として、8月に運転再開予定)。この他、新規制基準に合格した原子炉は7基あるが、特重施設工事が完成していないために運転できない原子炉もこの中に存在する。 原子力規制員会は、特重施設は本体施設の信頼性向上のためのバックアップ対策であるとして、新規制基準の施行日(2013年7月8日)から5年間は、完成していなくても運転継続できるとの考えを示した。新たな施設を設置するためには、審査、工事等に一定の時間を要するため、一律に5年間の経過措置を設けたのである。しかし、特重施設に先んじて行われる新規制基準への適合性審査、本体施設等の設計及び工事の計画に関する認可(設工認)等の審査に、当初半年から1年程度を見込んでいたが、適合性審査が長期化したため、経過措置として、本体の設工認認可時を起点として、特重施設の設工認、工事、検査の経過措置(猶予)期間を5年間とし、この期間はプラントの運転継続を可能とした。しかし、特重施設の完成までの期間は、原子炉の立地条件(地盤等)により大きく異なるという理由があるにも関わらず、何の根拠もなく猶予期間5年を定めてしまった。テロ以外のリスク評価上は問題ないが、原子力規制員会が決めた期間を守れないからと言う理由だけで、電力逼迫の状況を無視した姿勢は、原子力基本法で謳われている「国民の生活水準向上」を棄損していると言わざるを得ない。規制委員会は、「経済性は関係なく安全が最優先」という事であるが、特重施設があってもなくてもテロ以外のリスク評価上は殆ど変わらない。 特重施設は、新規制基準ではテロや航空機衝突対策に関する信頼性向上のためのバックアップ対策と位置づけられている。この特重施設は、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」によれば、本来の目的はテロ対策施設であり、特重施設がないまま、新規制基準をパスして「世界一の安全性」があるとして再稼働させたのだから、そのライセンスは継続性があり、特重施設の工事中も稼働が可能と判断できるので「停止命令」の理由が成立しない。また、テロは、防衛省管轄の国家的な重大事象であるから、原子力規制委員会の独断で電力を指導して云々と議論できない機微領域であり、そもそもスタートが間違っている。 このように、特重施設がなくても、新規制基準に適合した原子炉は安全を確保できているので、再稼働は可能な状況にある。経過措置(猶予)期間をわずか2,3年延ばすだけで、再稼動可能な原子炉が無駄に停止に追い込まれる事態を回避できるのに、どうしてそのようなことができないのか。安全であっても再稼働させない原子力規制委員会は技術的能力が不足しているため、停止していることが安全であり、判断を先送りにできる方法と考えているとしか思えない。安定な電力の確保の前に立ちはだかる原子力規制委員会の改革は、可及的速やかに実施すべき政府の喫緊の課題である。 (檜山敏明 記)

参考資料
1)節電ポイントで料金割引、政府支援    電力各社の制度拡大: 日本経済新聞 (nikkei.com)
2)nenrei.pdf (mhlw.go.jp)
3)050_04_04.pdf (meti.go.jp)
4)再エネ賦課金単価はどこまで上がる!?   2030年度には○○円と予想! |   スターメンテナンスサポート (ecopu.net)

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